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社員のつぶやき

社 員 の つ ぶ や き

 

 

親になって思うこと                 建築部 皆川健治

 現場周辺の木々の葉が青々と生い茂り気持ちが 良い季節になってきました。

皆様いかがお過ごしでしょうか。

 最近の気候は昔に比べて温暖化の影響でしょうか、だいぶこの時期としては気温が高い感じがします。

 昔は窓を開けて寝ていると、風邪をひいてしまう位寒かった感じがしましたが最近は窓を開けて寝ても暑くて眠れない事も度々あるように感じます。

 皆さんはどう感じているでしょうか。

 

 自分事ですみませんが娘が高校受験を控えて毎日毎日「勉強しろ」と言っておりますが、実際昔の自分の場合は・・・・・?

 最近子供が自分の時と同じ節目を迎えいろいろ話しますが、なかなか言うことを聞いてくれません。自分の親にも「親になったらわかるから」と言われ、「そんな事言われてもな!」なんて反抗していましたが、今、親になりあの頃の親の気持ちをつくづく思い知らされている今日この頃です。

 季節の変わり目で体調を崩しやすい時期ですが、がんばって乗り越えましょう。

 

 

 

 

 

 

 

図面の表情・・今と昔                   建築部 三石卓二

 春めいてきた今日この頃、皆々様はどうお過ごしですか?

今回は私事ではありますが、日頃思って感じたことをツイートしたいと思います。

 10年ひと昔といいますが、今から約20年前において、設計図面及び施工図面は手書きでドラフターといった角度のつけられる机でA-1・2サイズの用紙に描いたものですが、現在ではPCのCADにて施工図を書くのが支流で図面を描くのも時間が掛からず非常に楽になったと思われます。

 CADで描いた図面は見やすく綺麗ですが機械的で冷たさが感じられ、人の描いた図面はその人の個性がにじみ出て、暖かみが感じられます。

それが良いとか悪いとか言うわけではないですが、時代の変化(スピード)がものすごい早さで通り過ぎようとしていて、「携帯・PC・スマホ・etc」といった便利グッズが市場に現れ、私も時代に遅れまいと購入して操作をしてみるものの、なかなかに機能を使いこなせずにいる自分がいます。年をとったことを痛感させられる今日この頃であります。

 

 

 

 

 

 

天下無双の力士「雷電」                 管理部 湯本和規

 

 皆さん、寒い中お仕事ごくろうさまです。 

 さて、皆さん大相撲に関心はお持ちでしょうか。今年の

 初場所(29/1月)は稀勢の里関が念願の初優勝し場所後

 の横綱審議委員会で第72代横綱に推挙され昇進したこと

 は日本中を明るくし多くのひとに元気を与えたことで

 しょう。

 加えて、木曽の上松町出身の御嶽海関が大関取りの候補

 にあがるほどの大活躍で大相撲の盛り上がりは最高潮に

 達しています。

 さて、私が住んでいる「長野県東御市滋野大石」には

 江戸時代の強豪力士として有名な「雷電為右衛門」

 生家が有り、現在も雷電生家の保存会により管理されて

 おり、見学もできます。

 

 

 

東御市が誇る強度の英雄「雷電為右衛門」のすごさ!

       1.勝率  9割6分2厘(254勝10敗)

       2.あまりの強さに3つの禁じ手

             ⑴はりて ⑵かんぬき ⑶つっぱり

       3.当時としては並外れた体格

             身長 197㎝  体重 169キロ

 

まさに天下無双の力士であったのです。

そして、東御市では今年、雷電生誕250周年にあたり記念式典・講演会・企画展など様々な取り組みがありますので改めて、力士「雷電」を知っていただければと思います。

まず、第一弾として記念講演会が開催されます。(無料)

 

      日時  平成29年2月26日(日) 午後1時

      場所  東御市中央公民館

      演題  「江戸の大相撲と雷電為右衛門」

      講師  (公財)日本相撲協会 相撲博物館 土屋善敬 学芸員

        

 

私も、大相撲の大ファンの娘と孫とともに参加予定です。

皆さん、寒い日が続いていますが風邪等に充分気をつけてお過ごし下さい。   2017/02/06

  

                                        

 

 

 

 

 

美味しいお酒飲んでますか~!!          土木部 佐藤尚之

今年も残すところあとわずか!!

 

「みなさ~ん。おいしいお酒飲んでますか~?」

 四年前から佐久市に住みました。木下組に入社する以前、私は単身赴任で全国を飛び回る毎日。

 

お酒が好きな私はそれもあって各地方の地酒を飲むことが趣味になっていました。

新潟、富山、福井の酒は何を飲んでも間違いなし!

 

しか~し、長野県の酒も負けず劣らず美味しい!! 良い仲間と良い仕事をした後は特に最高です。

 この冬、私は国道18号線の除雪を担当しているのでしばらく呑めなくなりますが皆さんが安全安心して家族のもとに帰ることができる道路を目指し、一生懸命除雪作業を行います。

 

「今年も残すところあとわずか、ガンバロー。」

 

 

 

 

 

 

目指せNHKホール!!コンサートで心暖まる冬を      土木部 小林可貫

 2016年も師走になり、現場では雪や凍結防止の備え、また、年末までに終える作業があり、例年のように多忙な季節になりました。

 本年4月、長男が佐久市内のN中学校へ入学しました。半月ぐらいして何の部活に入部したか聞くと合唱部とのことでした。いろいろな部活を見学してから決めたと言うことですが、妻が中学時代に合唱部であったことから興味を持ったと思います。

部員数16人の内、男子部員は1年生の一人だけで長く続けられるだろうかと心配していましたが、毎朝7時に家を出て土曜日練習を休むこともなく通っています。初めの頃は、きっと運動部に比べ練習がきつくないから気楽にやっているんだろうと思っていました。

 夏休みに入った8月初旬に東信大会があり勝ち上がったため、8月下旬に県大会へ出場しました。このとき、この大会はNHK合唱コンクールの予選を兼ねていると知り、塩尻レザンホールへ初めて応援に行ったのですが、各校とも予想以上のレベルの高さに驚きました。(テレビ放送もありました。)

中学校の部員の半数は市内N小学校の出身者で、近年何度か全国大会へ出場しています。そのメンバーが中学校でも合唱を続けているとのことです。

 今年の大会では金賞に届かなかったため、その上の大会へは臨めませんでしたが、近い将来、関東大会、さらに全国大会へ出場できるかもしれません。

「目指せNHKホール!!」です。

12月になりN小学校はこども未来館で、中学生は市内の保育園や老人ホームにてクリスマスコンサートを開催するとのことです。

今年の冬は、今までとちょっと違った冬が過ごせそうです。

 

 

 

 

 

 

平成28年10月26日 

浅間山の火山噴火を想定した無人化施工機械の操作講習会に弊社からも数名参加させていただきました。

重機から離れ、画面を見ながらの操作はまるで大型のゲームをしているような感覚でした。 

 

                                        写真 畠山                       

 

   

 

 

 

   

 

 

 

 

 

平成28年10月12日 

 

 10月12日(水)長野県建設業協会女性部主催の現場見学会に木下組の女性部?として参加しました。

女性技術者が活躍する現場の見学会ということで長野県内各地の建設業に携わっている女性、総勢63人が集まり交流を深めることができました。

 各地で活躍している素晴らしい女性方と接することができ、とても勉強になるとともに楽しいひとときをすごすことができました。計画して下さった女性部の役員の方々に感謝です。

                                                    中島

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・の手習いで始めたこと!!                   中島みゆき

 ○○の手習いと言いますが、あちらこちらと体に痛いところが出てくるこの歳に山登りを始めました。きっかけは友人に誘われ、半信半疑で始めたところ、これが「楽しい!!」

 山登りはよく”人生”に例えられます。頂上という目標に向かって一歩ずつ進む、時には立ち止まり一休み。また時には転んだり、迷ったり、今まで来た道を振り返ったり、途中の景色に感動したり、励ましあい、助け合い、まさに人生と同じだなぁと感じます。

 山登りを始めてから、目標を持つことの大切さを知りました。自分の進む方向がはっきりするだけでなく、達成した時の喜びも感じることができます。これからも色々なことに挑戦していきたいと思っています。

 

 

 

 

2次元から3次元の時代へ!                       中井秀一

 ちょっと昔、私の指にはペンタコがありました。書類も図面も手書きの時代でした。ノートパソコンを使用するようになり、書類等を書くことに関してはずいぶんと楽になりました。図面もCADで描くようになり、三角定規もテンプレートもいらなくなり手も鉛筆で汚れたり、痛くなることもなくなりました。

 発注者との書類のやり取りもインターネット、メール普及による情報共有ASPシステムの活用で、発注者の所へ赴く回数が減りました。以前、役所と現場事務所を一日に何往復もしたことがあり、あの時は泣きました・・・。

 施工現場においても凄いことになってきて、現場をドローンで航空撮影し、それを図面化(3次元!)、設計と当てはめる(3次元!)。施工も建設機械に3次元データを入れて自動制御!検査もドローンで撮影データ化して確認する(3次元!)・・・。20数年ほどで凄い時代になりました。iーConstructionだそうです。

スマホも満足に使えない私ですが、時代についていけるよう頑張りたいです。

 

 

 

 

 

 

仲間に支えられて                           相馬増高
 

 木下組に入社して早40年を過ぎ、私が入社した頃は日本の景気、建設業の活況が溢れる良い時代でした。建設業に携わる人達も多く各現場ほとんど直営の作業員で作業を行っていました。

 私は単身泊まり込みで、数ヶ月間家を離れ現場を担当することが数回あり同行の職員と寝食を共にし昼夜逆転の真夏の夜間工事を行い、家に帰ることだけが楽しみな時期もありました。そんな時に会社の職員が月一回安全パトロールに来て夕食を共にするのも楽しみでした。

 私は、仲間に恵まれて自分の実力以上の現場に携わることができ、また記憶に残る現場には、妻を同行し何回かドライブがてら訪れる機会のあることを誇りに思います。

 

 

 

 

 

社会人の一人として                        小林将太郎

  今年、4月1日に入社しました、小林将太郎です。

高校を卒業してすぐに社会人となり、まだまだ分からないことがたくさんあります。

 今は、分からないことが多いですが、これから現場で、周りの方々からも色々なことを教えていただき、分からないことを、分かるようにしていきたいです。

 社会人の一人としてこれからがんばって行きたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

初めての給料で両親へ感謝の気持ちを                 畠山和也

 木下組に入社し、右も左も分からぬまま必死に仕事を覚えています。

 何とか就職を決めたものの、建設業というイメージからどうしても怖い人達の多い職場なのではないかと不安に思っていました。しかし、木下組の皆さんは優しい人ばかりで、何もわからない私に丁寧に仕事を教えてくれます。イメージとはこうも当てにならないものだと思い知らされました。

 先日、初めての給料をもらいそのお金で家族そろって食事に行きました。両親ともに喜んでくれ、とても嬉しかったです。育ててくれた恩返しをしながら、自分の為にどう給料を使うか楽しみに考えています。

 

 

 

 

入社して30年現在のつぶやき                 高柳和恒

 

平成28年度、今年は長男の就職が決まり

いろいろと準備に忙しい日々を過ごしている今日この頃です。

今、夫婦で悩んでいることがあります。それは長男の車を買うか、それとも妻の車を買うかです。

自分としては長男に自分好みの(1500㏄)クラスの車を進めているのですが・・・・

妻が一言

「お父さんには軽トラックがあるから必要ないでしょ!!」

で話はいつも終わりになってしまいます。車は6月に妻と息子とで購入予定です。

 今、この生活の基盤を支えている『株式会社木下組の社員として』もうひと踏ん張りして

‟ボーナスで自分好みのバイクを買うぞ~”

 

 

 

 

商業に関心を持った幼少期~両親への思い・・・       社長 依田幸光

  私が建設業に就職したのは父が建設業に従事していたのであり、商業に関心を持ったのは父の実家が豆腐屋と和菓子を製造する店をしており、時々手伝いに行きお菓子を売ったり豆腐を配達したりしたからです。

 私が生まれたのは、戦後のベビーブームが到来した昭和25年4月です。

父母は着の身着のままの状態で所帯を持ったようで、私が生まれたときは借家住まいで、現金収入の糧が乏しい中、兄と私を育てるのにも苦労したと思われます。

しかし、私はすぐ裏山で近所の友達と「かんちょうそうらい」「かんからけっとばし」「やきゅう」等をして遊び、幼少期の楽しい思い出となっています。

また、その頃のことはあまり覚えていませんが、父母が共稼ぎをしているので、自分達で山から集めてきた薪でご飯を釜で炊いたり、畑から取ってきた草でウサギを飼い、アンゴラ毛を売って生計の足しにしたり等、当時はみなさんそうだったと思われますが、我が家も同様だったと思います。

それでも両親がまじめに働いた甲斐もあり、私が小学校4年生のころ中古の納屋を買い、今では考えられないのですが、500m位道路上をその建物を引いてきて自宅としました。広さは、今で言えば2LDKで玄関先にドラムカンのお風呂を焚いて利用していました。その後は小さな家を増築し徐々に広げていくことができました。

 私も昭和48年2月から当社に入社し、それから7年くらい勤務した独身の時点で無き無しの貯金をたたき無謀にも借金をして土地を買い家を建てました。昔から苦労した両親はとても喜んでくれたのは言うまでもありませんでした。

 

 

 

 

 

「感謝」されることに喜びと充実感を感じて!             畠山重晴

 高校を卒業する時、親父に「おまえは建設業に行け」と言われたことがあります。当時は建設業もよき時代で建築と土木のどちらの道に進もうか悩んだ事を懐かしく思い出します。

木下組に入社して最初の年に地元の会社とのJV工事(共同企業体)で千曲パーク増築工事に携わりました。最初は「墨壺」「墨差し」「差し金」等専門用語がわからなくて苦労しました。その後県外業者とのJV工事を何件か行いましたが、JV工事では他社のいろいろな人と関わりを持つことができ、良いことを自然と吸収できました。

 あれから30年以上建設業にどっぷりとつかり良いとき、悪いときを経験してきましたが、今この職業に就いていることに喜びを感じています。それは自分が造った建物が”感謝”されることがあるからです。

 「二つと同じ物がない」そんな建物を造ることを楽しく前向きに取り組んで行けば充実感を得られます。そして何より”自分が満足”することが第一です。

 充実感、達成感を満足出来るよう、日々技術の研鑽に励んでいます。

   

 

 

 

 

今までの工事を振り返って                   井出 茂

 

 

Uターンで佐久に帰ってきて、早や25年の月日が経ちました。

木下組にお世話になって国土交通省、日本道路公団、鉄道建設公団、下水道事業団、長野県等々、数多くの工事に携わってきましたが、その中でも印象にのこっているのは”長野新幹線佐久平駅”のホームを作った工事です。その当時は駅予定地の周りは一面見渡す限り田んぼだらけで、こんな場所に駅を作って、この先どうなるのだろうと思ったものですが、今では見違えるように発展し、立派に佐久市の中心繁華街となりました。

ホームを作る際にはホーム軌道先端部と新幹線の車両が接触しないよう施工許容範囲が数ミリとかなりの精度を求められました。作り終えたのちドクターイエローが走行して無事通過した時は、軌道屋さん(新幹線レールを敷く専門職)に大変感謝しました。

建設業の良いところは、テレビCMではないけれど、”地図に載る仕事”だと思って、日々がんばっています。

 

 

 

 

 

" 営 業 今 昔 "                      由井憲二

営業の職に就き40年になります。

当社は官公庁の仕事を主とし、まずは入札に参加すべき指名参加願いを各省庁及び県・市等に提出します。

 昔は、東京・長野等の何十箇所もある各省庁・県・市へ直接書類を提出に行きました。また、指名をいただければその都度、東京・長野等まで入札に出向きました。東京での早い時間の入札は、まだ新幹線も開通しておらず、前日より泊まりでの入札となることもありとても大変でした。

 しかし、今では指名参加の申請、入札等は一部の官庁を除きインターネット(電子入札)での参加となり、デスク上のパソコン操作で全て出来てしまいます。

 「時代は変わった!」と痛感しております。

 

 

 

 

 

 

 

入社して20年!木下組で感じた"魅力"             皆川健治

 

 

 私が入社してから20年が経ちました。入社当時は右も左も分からない状態で仕事をしていました。建設業のイメージは3Kと言われていましたが、実際には働いてみたら5K(危険、汚い、きつい、暗い、臭い)でした。しかし、実際大変な仕事ではありますが、継続して勤務できているのは、大変なだけではない魅力がこの仕事にはあったからです。

 私が実感した建設業の魅力とは、皆で苦労して一つの物を造り上げ、その先の達成感や充実感そして全力で取り組んだ後の良い意味での脱力感が"この仕事の魅力"なのだと思います。入社当時のイメージとは違い、やってみたら面白い仕事だったというのが実感です。

 

 

 

 

土木の仕事を通じて日々研鑽に励んでいます。          重田祐樹

 土木では、公共工事が主要な工事を占めています。その中でも平成29年度開通予定の中部自動車横断道を中心とした国土交通省発注の工事の受注が主となっています。難易度は高いですが、最先端の技術、知識に接する事ができ、個人又は会社の能力を向上させるためにはこの上ない工事です。

 また、管内の協議会等を通じ他の建設会社との情報交換、技術交流を計れる機会が豊富にあり、常に競争意識を高く持ち"土木技術の研鑽"に励んでおります。